完璧主義者の朝食 A Perfectionist's Breakfast


  • neighby annual 2025 : Silhouette of Graphikos に出す
    • グラフィック・デザインを思索するテキストと、それを実践する作品を併せてギャラリーに置く形式の展示
      • テキストの方では『Z世代のグラフィック・デザインはどこから来て、どこへ行くのか』というのを書いた
      • 『完璧主義者の朝食 A Perfectionist's Breakfast』はテキストの方で書いたことを踏まえた作品だけれど、ぱっと見でも良いと思える画作りにはしようと思っていた
        • 前衛・非言語・感じ良さ(neighby)
        • でもディスプレイ上で縮小された画像で見ると想像より映えない画になっちゃった感はある
          • なんかケチャップ赤すぎるし
          • 印刷して額装したものの方が圧倒的に気に入ってる
            • Instagramには展示室の物撮りで載せよう

  • 2連×2という少し珍しい形式のポスター作品
    • 判型はB2
    • 展示室では白松材で額装したものが並ぶ
      • 今回は額縁も自作で、6畳のアパートでトンカンして作った
        • 自分はベッドルーム・グラフィック・デザイナー
  • 1枚目は今回の作品の構成要素である「画用紙に書いたドローイングのスキャンデータ」「それをIllustratorで線画を抽出してベクターデータ化したもの」「それをもう一度画用紙に出力して水彩色鉛筆で着彩したもの」がそれぞれ同じ大きさで並ぶ
  • 2枚目は、1枚目の構成要素のうち「Illustratorで線画を抽出してベクターデータ化したもの」に関して、各オブジェクトの大きさの比率を変えることだけで画面を構成する
    • 「朝の食卓」というモティーフを、線や面ではなく「構成要素の大きさの比率を変える」という行為だけで描きたかった
  • 1枚目は提示(Presentation)で、2枚目は表象(Representation)にしたかった
    • 2枚目には1枚目にある水彩色鉛筆で説明的に着彩したものが印刷されないが、「食卓」という場面を設定しているので画面が持つ情報量としてはむしろ増えた
  • あらゆるグラフィック・デザインが「比率の操作」になる時代に際して、その操作方法を練習して、その楽しさをどこかに見出しておきたかった
    • 「比率で描く」
    • かつてはグラフィック・デザインにおける「大きさ」とは文字通り大きさで、5cm、10mmのように特定のサイズを指定しており、「色」とは文字通り色で、ある特定のインキ色や網点の重ね合わせ方を指していた。一方、Z世代は初めてグラフィック表現を行った日から無意識にこの「大きさ」も「色」も「比率」と読み替えることを要求されがちである。鑑賞者のディスプレイを指定できないのだから、大きさも色も特定の何かを絶対的に指すのではなく、「このオブジェクトに比べて何%大きい」「この色に比べて何%青い」という比率を指す。このような曖昧さへの耐久を前提条件として、それに抗うのかむしろ逆手に取るのかなどのスタンスこそがZ世代のグラフィック・デザイナーによる表現を分類する上で有効な観点である。Z世代のグラフィック・デザインはどこから来て、どこへ行くのか
  • 日本のドメスティック・グラフィック・デザイン史では、最小パーツ単位で複製可能性を持たない表現がしばしば「それはデザインではなくてアート」的ないい加減な議論で阻害されてきた
    • 最小パーツ単位で複製可能性を持つ、とは簡単にいうとパソコン上での描画ソフトを指定しない様なもの
      • PowerPointやペイントでも最小パーツとなる直線とかなら描ける
      • 「こんなの誰でも描けそう」的な議論
        • 描けないけど
    • ツールを限定しない、普遍的な「丸・直線・三角・四角」に文脈を乗せる行為こそが正史の王道であるという空気を、日本のドメスティック・グラフィック・デザイン史あるいはデザイナーに対してクライアントサイドにいるディレクターやプロデューサーに対して個人的には感じる
      • ポートフォリオサイトにロゴを載せる時、ガイド線と一緒に見せたがる心理
        • これって佐藤可士和のUNIQLOがスゴすぎるがゆえに生まれた流れなのかな
          • 今の3,40代の方に多い気がするし、逆にそれより上や下の世代では見ない表現なようにも思うので、たぶんどこかにルーツがあるはず
    • これはIllustrationという言葉が「イラストレーション」という和製英語に変換された際の齟齬と、グラフィック・デザインにおけるイラストレーションという言葉に対する批評の乏しさが生んだ結末だと思う
      • ほとんどのグラフィック・デザイナーが使っているソフトウェアの名前はIllustratorだというのに……
      • 亀倉雄策と横山明の関係性とか
        • 実は初期のgggは「イラストレーション」的な展示も結構やっている
      • TBSのミクロコスモスとか、「イラストレーション」とグラフィック・デザインの狭間でカオスを作る系の表現はかつて結構あったけど、だんだん2つは疎遠になっていき2010年代からは断絶されている気がする
    • 例えばVier 5のDocumenta 12Documenta 14は最小パーツ単位で複製可能性を持たない自由奔放な筆致で描いているけれど、文脈の作り方や、あるいは鑑賞者ひいては社会との関係性の作り方は明らかにDesignの範疇に含まれる
      • They planned for some of the signs to be stolen during the festival (which they were), particularly a set of marble bricks which acted as labels for the artwork. Marco finally goes on to say, “sometimes people write us that they stole a brick and use it for something else. It makes me proud to see that our work is part of a ‘normal’ social life.”Vier5 on the communicative and democratic role of graphic design ——It's Nice That
    • 自由な筆致にパブリックな話題に関する文脈を載せるグラフィック・デザインは、こと日本においてはまだ未開の地の様に感じる
      • ということも少し考えながら作っていた

  • 今回のneighby annualのテーマ「Silhouette of Graphikos」は、年度担当のneighby西村乾のアートとデザインの関係性に対する疑問に端を発している
    • 年上の人に聞いても曖昧な答えしか返ってこなかったらしい
    • 僕はアートとデザインの違いを語るのは全くもって意味がない、つまらないという立場
      • 「何がデザイン(アート)か」ではなく、「デザイン(アート)とは何か」を語るべき
        • これは都立大学で僕がゼミに所属していた美術評論家・楠見清の言葉をなぞっている
    • この点において、2014年のGraphic Design In Japan(JAGDA年鑑)に掲載されている東京国立近代美術館の保坂健二朗による論考『Graphic Designers, Be Anarchy!』も僕は全面的に支持している
      • 実はここに、アートとデザインの違いがある。しばしば両者の違いについて、アートは(自己)表現で、デザインは問題解決のスキルであるなどと言う人がいるが、それが通用するのは、相当低レベルな作品だけだ。なんらかの法則に基づいて事物を配列したり組み合わせたりしているという点では、アートとグラフィックデザインは、まったくもってかわらない。でもそれぞれが名前を持っている以上、両者は明確に異なるはずだ。はたしてそれはなにか? 美術史家アビ・ワールブルクが「神は細部に宿っている」と言っていたように、真実は、結構くだらないところに宿っている。つまり、グラフィックデザインは売れないが、アートは売れる。それこそが、デザインとアートが区別される指標であると私は思う。(Graphic Designers, Be Anarchy!)
    • 個人的に、大量生産が不可能なものが「デザイン」を名乗るのは無理なのではないかと思っている
      • 工芸とDesignはどちらも応用美術だけれど、特に産業革命との関連性においてさすがに差異はある
      • 今回の作品もあくまで「工場で生産されるもの」にしたかった
        • 額のことは一旦置いておくものとします
          • (そりゃ本当は買いたかったけど)
    • なんだかんだグラフィック・デザイナーはキャリアの中で純粋美術の方に傾倒することも多いよね
    • 今回のneighby annualでUIを鑑賞する作品を作っている小野愛実と「ゲームアプリのUI(あるいはその制作現場)は工芸に近い」みたいな話をしていた

  • 印刷を担当いただいたのは、今回も八王子・高尾山の麓にあるミユキ印刷さん
    • 去年の個展『一般』やneighby annual 2024に引き続きお世話になった
      • いつも本当にありがとうございます
      • とてもきれいだから見てほしい
    • ミユキ印刷さんにてJetpress 750Sで出力するのは今回で3度目なので、印刷機の特性がかなり分かってきた
      • サンエムカラーさんのウェブサイトだとJetpress 750Sに「独自のチューニング」って書いてあるけど、どれくらい違うんだろう
      • プロセスカラーのパスデータを出力するにあたっては、個人的にオフセット(KOMORIのリスロンとかハイデルベルグとか)に肉薄しているか、場合によっては凌駕していると感じる
        • 弱点って特色が使えないくらい?
        • 本機校正のハードルが下がるメリットが本当に大きい
      • 階調表現はやっぱりジークレー印刷の方がアドがあるのかな
        • ロール紙しか選べないことに気後れして、自分の作品でジークレー印刷したことはないのだけれど
      • コニカミノルタの枚葉UVインクジェットと同じくらい用紙を選べる幅が広いのに、枚葉UVインクジェットほど「紙の上に膜が貼っている」感じがない
        • あくまでプライマーを吹き付けているだけなので、ファンシーペーパーの風合いを殺さない
    • 用紙はMr.B スーパーホワイト 135kg
      • 青白い様な白色度の高さが、朝食というモティーフに合うと思い選んだ
      • ラフ・グロスな感じも抜けが良くて今回の作品に対して理想的な紙
    • 色校正データから校了データの間で、どうしても気になっていろいろ手を加えてしまった
      • これは良くない
        • ごめんなさい
    • 印刷に関してだと、僕は特殊印刷にかなり気後れしており、CMYKのプロセスカラーの中でいかに面白い画面を作れるかどうかにグラフィック・デザインの面白みを感じるタイプ
      • 個展の時に一度だけ、プリンティング・ディレクターの方と組んで白版を何層にも重ねたりしながら特殊印刷で作品を作ったことがある
        • 感動的に綺麗で、プリンティング・ディレクターという職能に敬意を持った一方で、これはグラフィック・デザインの出力ではなくプロダクトの生産だなとも思った
      • ライトパブリシティも似た様な考え方らしい
        • でも、僕がかつて在籍していたライトパブリシティでは、紙とか印刷に凝るのはダメなデザイナーがやることだ、という感じでした。よい写真とよいコピーをよいデザインでまとめれば、あとは普通の紙に普通の印刷でいい、それ以上は無駄でかっこ悪い、という感じ。ライト育ちの僕としては、いくらでも手間をかけていいと言われると少し困ってしまう。ポスターとの出会い / 服部一成