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2025年の振り返りと来年の抱負

うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ 残り3時間くらいで年越しです。 初詣をして桃鉄をした 初日の出はスキップ。 ワタリウムで雨宮庸介を観た これも今年なのか。このとき森美術館でルイーズ・ブルジョワも観た。 JAGDA Schoolに参加した 2024年も参加して、そこでいただいた講評を踏まえて個展を行なったので、もう一度見てもらいに行った。今の20代のグラフィック特有の軽さや薄さに関する話を玉置さんとしたのが印象深い。 卒業制作展があった ものすごく大きなグループ展のような感覚だった。 大学を卒業した 自分がいた大学のすべてが良いとは思わないけれど、それはそれとして、よい時間だった。 会社員になった あんまり心機一転感はないが。 久しぶりに健康診断を受けた 大学のやつ行っていなかったので。血圧ほんとどうしよう。 ジムに通い始めた ChocoZAPって監視カメラに囲まれながら変な機械使って人間が自らを苦しめているので、ディストピア感強いよなと思う。 生活が順調になった 「部屋がいつもきれい」「休日に適度な運動をする」「新しいレシピで料理をする」など、この時期は謎に日々の生活が生き生きしていた。 21_21でラーメンどんぶり展を観たあとラーメンを食べた 不思議といつもよりおいしく感じた。 誕生日プレゼントにコーヒーを淹れるセットをもらった neighbyから。今年を振り返ると、新しい習慣としては「コーヒーをインスタントからドリップにしたこと」が一番かも。安らぎ。 はじめて免許を更新した 2023年の振り返りブログ では運転を諦めているけれど、今は普通に運転している。 帰りに、名古屋出身なのに食べたことがなかった若鯱家をなぜか東京で初めて食べた。 東京都現代美術館で岡﨑乾二郎を観た ほうほう、といいながら観ていた。 アクア・トトぎふに行った 小学生ぶりくらい? 帰りに食べた岐阜タンメンおいしかった。小牧で食べたジェラートもおいしかった。 家族で寿司を食べに行った 初任給で。 福島へ旅行に行った 震災遺構や原発関連の資料館をまわった。ひたすら運転した。 インフルエンザになった よく「一人暮らしは病気になるとしんどい」というけれど、逆に体調が悪い時ほど家に他の人がいないことの気楽さを感じる。 家でタコスを作った 一口目の「これ無限に食える」感すごい。 台湾に行った Taipei Art...

ブラウザ履歴の抜粋 2025

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 ブログの語源は備忘録 音楽 Mi☆nA · MiracleKomaranaide_Zekk_remix ゆざめレーベル - yuzame label - · 歩く人 - 浮くおふとん (feat. 初音ミク) 短歌 <東京歌壇 東京俳壇>2025年1月26日 特選の句 東直子 一句目 https://www.tokyo-np.co.jp/article/381861 第三回粘菌歌会賞 動物園/碓井やすこ http://blog.livedoor.jp/nenkinkakai/archives/36092398.html 美術 デスマスクの少女 https://artsandculture.google.com/story/mAVBp2pDD3HRKQ ブログ文章 男がキャバクラに行く意味がわかった https://anond.hatelabo.jp/20250121113759 現場に赴いて「皆さんのご意見を聞いてよりよい職場環境をつくりますよー」と言ったことを死ぬほど後悔している。 https://delete-all.hatenablog.com/entry/2024/12/11/120000 ヤーネー。 chatGPT、ちょっとやばいかもしれない https://anond.hatelabo.jp/20250512021618 サーマルプリンタを子育てに活用してみた https://m1104m.hatenablog.com/entry/2025/12/15/132956 独身の50代だけど寂しいから止まらない ※削除済み DAWとMPC Beatsの違い https://grey-cells.blog.jp/archives/8881114.html 記事 つやちゃん|Ado、ちゃんみなからシーシャ、CBDまで——コンプラ社会をサバイブするカギは「グレーを嗜む美学」【伝染するポップミュージック】 https://ashita.biglobe.co.jp/entry/column/aesthetics DTPディレクター紺野慎一氏に聞く!こぶりなゴシック誕生秘話【前編】|DTP草創期の時代とフォント https://note.screen-hiragino.jp/n/n4147c225b7f4 その他文字コンテンツ Yahoo!...

完璧主義者の朝食 A Perfectionist's Breakfast

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neighby annual 2025 : Silhouette of Graphikos  に出す グラフィック・デザインを思索するテキストと、それを実践する作品を併せてギャラリーに置く形式の展示 テキストの方では 『Z世代のグラフィック・デザインはどこから来て、どこへ行くのか』 というのを書いた 『完璧主義者の朝食 A Perfectionist's Breakfast』はテキストの方で書いたことを踏まえた作品だけれど、ぱっと見でも良いと思える画作りにはしようと思っていた 前衛・非言語・感じ良さ(neighby) でもディスプレイ上で縮小された画像で見ると想像より映えない画になっちゃった感はある なんかケチャップ赤すぎるし 印刷して額装したものの方が圧倒的に気に入ってる Instagramには展示室の物撮りで載せよう 2連×2という少し珍しい形式のポスター作品 判型はB2 展示室では白松材で額装したものが並ぶ 今回は額縁も自作で、6畳のアパートでトンカンして作った 自分はベッドルーム・グラフィック・デザイナー 1枚目は今回の作品の構成要素である「画用紙に書いたドローイングのスキャンデータ」「それをIllustratorで線画を抽出してベクターデータ化したもの」「それをもう一度画用紙に出力して水彩色鉛筆で着彩したもの」がそれぞれ同じ大きさで並ぶ 2枚目は、1枚目の構成要素のうち「Illustratorで線画を抽出してベクターデータ化したもの」に関して、各オブジェクトの大きさの比率を変えることだけで画面を構成する 「朝の食卓」というモティーフを、線や面ではなく「構成要素の大きさの比率を変える」という行為だけで描きたかった 1枚目は提示(Presentation)で、2枚目は表象(Representation)にしたかった 2枚目には1枚目にある水彩色鉛筆で説明的に着彩したものが印刷されないが、「食卓」という場面を設定しているので画面が持つ情報量としてはむしろ増えた 2枚目を見ている鑑賞者は、今まさに知覚している印刷物そのものというより、むしろ目玉焼きや食パンの線画を通して頭の中に浮かんだ空間を鑑賞しているはず ggg「菊地敦己 グラフィックデザインのある空間」ギャラリートーク第1弾(2025.1.17)録画 でも似たような話題が出てくる あらゆるグラフィッ...

World Wide Webの力とポートフォリオサイト

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共宰しているデザイン・コレクティブのneighbyのウェブサイトが丸ごと新しくなりました( https://www.neighby.jp )。作っているときに考えていたことをまとめます。 トレンド:包摂に次ぐ包摂 先日、XのiOSアプリにアップデートがありました。Xのポストに含まれるURLを踏むとアプリ内ブラウザが立ち上がり、その中でページが開かれるのですが、このアップデートでは元のポストが折りたたまれて画面の下部に表示されます。ポストの中で取り上げたページを読みながら、いいねやリポストができるというわけです。 We're testing a new link experience, starting on iOS -- to make it easier for your followers to engage with your post while browsing links. For creators, a common complaint is that posts with links tend to get lower reach. This is because the web browser covers the post and… pic.twitter.com/oWraLpPwji — Nikita Bier (@nikitabier) October 19, 2025 Instagramのリンクを開いてもInstagramのアプリには飛ばず、YouTubeのリンクを開いてもYouTubeアプリに飛びません。あくまで「元ポストに内包される形で」 Xの中で遷移先のページが見られます。 ちょうどこのアップデートの翌日、OpenAIがChatGPT Atlasを発表しました。まるでchatGPTというメガネのレンズを通してソースコードの描画を見ているかのようなウェブブラウザで、Amazonで一番安い商品を探してきてもらったり、あるいは代理でXにポストをしてもらったりもできます。 ハローハロー、私 ChatGPT Atlasが深津にかわり、お送りいたしますこんにちは — 深津 貴之 / THE GUILD (@fladdict) October 22, 2025 前日にXがXのポストに含まれるURLの参照を「Xの中で行われてい...

250710 返信 @_baku89

ありがとうございます!… — 麦 ⌇Baku (@_baku89) July 9, 2025 こちらのスレッドへの返信。特に客観的なデータや指標は含まれず、お気持ちベースの感想文です。 前提    望月さんのおっしゃる「界隈」とは、例えばどのようなものを想定されているのでしょうか。そして、そこからどのように「越境」できて、その結果どんなものを得られたのでしょうか。こういったディスカッションは、できるだけ具体に根ざしていったほうが良いように感じています。   「たしかに。」と思ったので、以下の返信における各単語の定義から始めてみることにします。 「界隈」とは 「概ね同じような文化を好む傾向にある人々」「InstagramのFFがめちゃくちゃたくさん被っている」「いつメン」など言いようは色々あるが、ディスカッションを進めるには少々ニュアンス頼り 「心理的な安心感を担保された人付き合い」「自己ホメオスタシスの深刻な危機に瀕する不安なくコ・クリエーションを行える仲間の群」みたいな言い方も一部的を得てはいるが、同じ界隈の人との制作でも24時間リラックスできるわけではないだろう ひとまず「共通の知り合いがたくさんいる間柄で、かつ同じようなものが好きな人たち」のことを「界隈」とします 「越境」とは 制作物が、制作者・関係者がいる「界隈」の外にいる人の目に触れたことを指します その真逆が「東京TDC展のメインビジュアルが翌年の東京TDCに入選する」みたいな、論理的に筋は通っているけど、なんとなく「ん?」となる現象です 「その結果どんなものを得られた」のか 金、ですがここは後述します   気持ちの面   ただ、もっと気持ちの面で、あの書き方が彼ら彼女らにどう刺さっているのか、作り手としてどう気持ちを乗せているのか、それとも割り切っているのか、気になって仕方がないのです。   あくまで僕の体感ですが、過半数以上は「マジ」で書いていると思います。少なくとも、もうお一方へのリプにあったように  作り手として忸怩たる思いであのポエム未満のトークン列をスクロールに合わせてリッチにアニメーションさせている  ような人を僕は知らないし、想像もできません。僕も自分が主宰するコレクティブに「視覚表...

推しは方角、萌えは包摂

鼎談/春野秀昌(@Alice_in_Archi) 望月 : 『萌えと推しの違い』って言われたら何だと思う? もしくは、すごく「萌え」を象徴しているものとか、「推し」を象徴している行為って何かって言われたら、何だと思う? 春野 :「萌え」は、対象に対して自分の中に湧く感情だよね。「推し」っていうのは、萌えが感想みたいなものだったのに対して、それにちょっと力が加わってるというか、「推し」のために何かをする、その実態ある行為というのが“推す”という言葉の意味になっている。 望 : 受動か能動かってことだよね。受動が「萌え」で、能動が「推し」。もしくは、「萌え」っていうのは包摂とも言える。「推し」が蛙化との危うい緊張関係の中にある行為だとするならば、「萌え」はその次元にはいない。つまり、本来期待された振る舞いと矛盾する行為を行った場合に幻滅し得るのが「推し」だとしたら、その矛盾にもときめくのが「萌え」なんじゃないかっていう。萌えの方が全てを包み込むし、解釈不一致にすら愛を生み出しかねないのが「萌え」なのではっていうのもある。 春 :それを聞くと、「推し」って、やっぱり能動的にやってるのもあって、かなり個々人のエゴが働いてるなと思うよね。解釈が重要視されて、「推し」のことを勝手に解釈して、例えば漫画の作者が考えていた通りに描いたものに解釈不一致だって言って、制作者側が追い込まれることが多分、全然ありえる話。何かしらのコンテンツに触れることが増えてきて、それを友達に勧めるみたいな概念の先に「推し」ってあると思うんだけど、この「推し」が近年、より手軽にできるようになりすぎて、コンテンツの消費が加速しているし、かえってみんなを不自由にしてる感じはある。 望 : たしかに。「推し」って言葉はあんまり自由なイメージではない。 春 :「萌え」っていうのは、結構個人的解釈を許容するところがある。「推し」は『この子が推しなんだよね』って言われたときに、『そうかなー』って言いづらい。 望 : あとは単純に言葉の使い方も変わって、自分たちの世代だと高校生の頃とか思い出すと「推し」は特に女子は結構リアルの人にも使うよね。『クラスのあの人が推し』みたいな。でも「萌え」ってあんまりその印象なくない? リアルの人に「萌え」って。なんかギリギリ気持ち悪いよな、リアルの人に言ったら。 春 :そうだね。だから...

デザイン・コレクティブの時代

プロローグ 「従来、美術と技術の境界がなかった時代、技能をもった職人たちは集団でものをつくり、絵を描いていました。ひとりの才能あるアーティストがその個人名によって作品をつくりだしたのは、ルネサンス期の人文主義あるいは近代個人主義の所産であるといえるでしょう。孤独に苦悩し、才能の限界と闘う悲劇的なアーティスト像というのは、おそらくはそれ以前にはありえなかったペシミスティックな美学なのです。[1]」 軽妙なリズムで始まるリード文の背景には、真っ青のベタに仮面ライダーのフィギュアが二体。1991年2月号の美術手帖の特集記事「コラボレーティヴ・アート−−− 共同制作美術の時代へ [ティーム・スピリット!]」の扉ページである。リード文は続く。「近代美術史にピリオドをうって、それを笑い飛ばせ。みんなでつるんで楽しくやろう。−−−」 近代美術のドラマティックな湿り気を丸ごと乾燥機に放り投げるかのようなこのテキストによって、私のグラフィックデザイナーとしてのプランに若干の変更が生じた。その現時点での考察をここに残す。 本稿は「デザイン・コレクティブ」という言葉に対して自らがデザイン・コレクティブを運営するものとしてその言葉の輪郭を探り、意味を定義することを目指している。弛まぬマーケットでのポジション争いとデザイナー特有の悪い癖が合わさって「デザイン・コレクティブ」という言葉すらも流行り物として消費され、その「デザイン・コレクティブ」という言葉と向き合うことに対して費やした時間すらも絡め取られる前に、自らのコレクティブが今後もコレクティブを名乗って活動を続けられるように先手を打つことを目的に制作された。 その意味で、この文章は学術的に俯瞰的/客観的な視点を含んでいない。「デザイン・コレクティブ」たる活動から一歩引いた立場から読み取れる知見を期待する場合には、読むべき文章はこれではないのかもしれない。広くデザイン・マーケットの現況を見渡した上で、渦中の人間の視座として極めて狭い視野によって制作され、その動機は一貫して内向的なものである。 また本稿では「デザイン・コレクティブ」を自然発生的な現象として捉えている。すなわちコレクティブの形成が起きるプロセスを、自分たちがコレクティブを名乗ることを目指して組織を形成するのではなく、自然発生的に形成された集団の特徴を掬い取っていくとコレクティブ...

2024年の振り返り&来年の抱負

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気づいたら年の瀬になっていました。 初詣をしたあと初日の出を見た 明日も多分見に行く。 筑波大学の卒展に行った 初めてつくばエクスプレスに乗った。 国立新美術館でマティスを観た 実物を見たのは初めてだったのだが、図録で見るよりずっと良かった。 もちろん図録も買った。 JAGDA Schoolに参加した 自分のポートフォリオをデザイナーに講評してもらえるイベント。 もっと自分が素直にやりたいと思ったことを出した方がいい、みたいな趣旨のコメントをもらった。 ディズニーランドに行った スモークターキーレッグだけはどうしても食べたい、というよりむしろスモークターキーレッグを食べることだけがあらかじめ決めていた予定だったので、スモークターキーレッグが食べられてよかった。 食べづらかった。 neighbyがはじまった 一番大きかった出来事はというと間違いなくこれなのですが、もう色々なところで振り返ったので省略。 弟が大学に受かった 理学部に通っているが、何を勉強しているの? と聞いても難しすぎて分からない。 アシスタント先が代々木八幡から代々木上原に引っ越した 代々木上原にはバーガーキングがあるので、上原の勝ちです。 台湾に行った 現地のデザインをいろいろと見てきた。 これはおそらく車椅子優先エレベーターなのだが、♡で覆い尽くされている。 これが現地のもので一番痺れたデザイン。豆花の屋台のお兄さんがくれたスタンプカードだが、思わず通いたくなるようなパワフルなグラフィック。デザイナーが作ったのかお店の人が作ったのかは知らないが、とても上手いと思う。 デザイナーの凝り固まった知識だけを使って、本来あるパワーが薄れることがないようにしないとな、と思わせられるスタンプカードだった。 家に毎日虫が出るようになった ゴキブリも出たことがなく、蚊ですらほぼ入ってきたことのないような家なのに、ある時から急に触覚が長くて足がたくさんあるベージュの虫が毎日出るようになった。 今でもあれが何だったのかは分からないが、アースの「イヤな虫 ゼロデナイト」という非常に虫が出なさそうなスプレーを家中に振りまいたら一切出なくなった。 トークイベントがあった ReDesigner for Studentのトークイベントに出させてもらった。 アルバイト先でもらったアドバイスを忠実に守り、チューハイを一缶飲んでから...

モラトリアムなき時代の大学生たち

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この記事は「ReDesigner for Student クリエイター就活の手引きAdvent Calendar」の3日目です 🎁 https:// adventar.org/calendars/10308  この文章は、熊代亨さんの記事『思春期モラトリアムは資本主義に吸収されました。( https://blog.tinect.jp/?p=81463 )』に応答する形で書きました。引用は全て当該記事です。 1. 大学生の現在 2人に1人が奨学金を借りる社会における就活 紆余曲折あった僕の就職活動は、いまアシスタントをしているデザイン事務所にそのままデザイナーとして入る、という形にたどり着いて終わった。3年生の夏から冬にかけて、メーカー、広告代理店、コンサルティング会社、事業会社と、いろんな会社のデザイナー職のインターンや選考に参加した結果の選択である。道のりは長かったし、複雑に曲がりくねっていた。 よくいう就活の早期化というのは本当にその通りで、最初に就活に関するイベントに参加したのは大学2年生の3月だった。経団連ルールなんて聞いてあきれるほどの忙しなさである(いま振り返ると、別にこんなに早く始める必要はない)。 ただ実際には、就活は早期化しているというより長期化していると言った方が正しい。「早期」という言葉を意味通り使うなら早くに就活を始めた人は早くに終わってないと辻褄が合わないが、それはごく一部の話だ。そのごく一部の話がSNSでも現実でも耳に入りやすいので、まるで「早期化」している感じがするが、そもそも企業の一般での採用スケジュールは従来通り大学4年の3月1日からになっている場合も多く、インターン直結の早期採用ではそんなにたくさんの学生に内定を出さない。できるだけ第一志望に近い企業を目指そうとすると、早い時期から始めて最後まで就活を続ける必要がある。つまり「早く始まってこれまで通り終わる」という、「就活の長期化」が実際には起きている気がする。 日本学生支援機構「令和2年度 学生生活調査」を見ると、奨学金を借りている学生の割合は昼間部の大学で49.6%だ( https://www.jasso.go.jp/statistics/gakusei_chosa/__icsFiles/afieldfile/2022/03/16/data20_all.pdf )。国...